テクノロジー・業界分析 批評

MGがブレグジット!? 英国工場での生産を打ち切ると発表

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2016/09/27

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Brexitの影響が早くも出始めているようです。MGが英国バーミンガム州にあるロングブリッジ工場での生産を打ち切り、中国に製造を集約する方針を発表しました。ホンダとも関わりが深い69エーカー(27.9万平方メートル)の巨大工場が、終焉の時を迎えようとしています。

画像の出典: netcarshow.com

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MGの現状

2005年に倒産したMGローバーは、ローバーがインドのタタ自動車に、MGが中国の南京汽車にそれぞれ買収されました。

南京汽車の主導の下、MGのロングブリッジ工場は2011年に操業を再開します。不採算モデルだったMG6をカットし、コンパクトハッチバックのMG3や、SUVのMG GSを生産していました。

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MG3

画像の出典: netcarshow.com

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MG GS

画像の出典: carmagazine.co.uk

ブレグジットの影響?

MG側の説明によると、「イギリスのEU離脱で製造コストが上がり、その影響でもはやイギリスでの製造計画は描けない」そうです。

MGの販売状況

南京汽車の買収後、MGのヨーロッパ販売は少しづつ伸びているものの、2015年のヨーロッパ販売台数は、わずか3,152台にすぎません。MGは高級車ブランドではないので、コスト増を販売価格に転嫁するのも容易ではないはずです。そのために英国生産の打ち切りは避けられなかったのでしょう。

解雇の影響

生産が打ち切られるロングブリッジ工場ですが、25の雇用が失われるだけだそうで済みそうです。

実はMG車の製造は、以前からほとんどの工程が中国で行われており、イギリスではわずかな作業しかしていなかったといいます。

中国から輸入される車の品質にも問題が無く、英国で製造する必要はないとMG側は考えているようです。

マーケティングやアフターサービススタッフは、生産打ち切りの影響を受けません。ロングブリッジのテクニカルセンターで働く300人の雇用も維持されます。

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ロングブリッジ工場の歴史

戦前のロングブリッジ工場

現在の場所に最初に工場を建てたのは、White&Pikeという印刷ベンチャーでした。1895年のことです。しかしこのベンチャーはすぐに倒産してしまいます。

次に工場の所有者となったのがオースチンでした。1906年に工場を買い取ったオースチンは、徐々に規模を拡大。1912年には8エーカー(32375平方メートル)にまで敷地面積を拡大しています。

ですがロングブリッジ工場を大幅に拡張したのはオースチンではありません。大英帝国です。2度の世界大戦でロングブリッジ工場は動員され、その規模を大きく拡大しました。大戦中は砲弾や戦車のパーツを製造していたそうです。

戦後のロングブリッジ工場

1952年、オースチンはモーリス等の自動車ブランドを所有するナッツフィールド・オーガナイゼーションと合併、ブリティッシュ・モーター・カンパニー(BMC)が誕生します。

ロングブリッジ工場では、BMCとジェンセン・モーターズのコラボで、オースチンA40スポーツや、オースチンヒーレー100などが製造されました。

1960年代に入ると、イギリスの景気は悪化の一途を辿り始めます。1966年、ジャガーを吸収したBMCは持株会社「ブリティッシュ・モーター・ホールディングス(BMH)」となり、1968年にはブリティッシュ・レイランドと合併して不景気を乗り切ろうとしますが、1975年には財政難に陥り、結局国営化されてしまいました。

ホンダとの提携

1979年、ブリティッシュ・レイランド・モーター・カンパニー(BLMC)は、ホンダとの提携を決断します。ロングブリッジ工場は大規模な改修を受け、1980年からはオースチン・メトロの生産が始まりました。経営立て直しのためのテコ入れです。

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名車オースチン・メトロ。フォード・フィエスタ登場以前は、英国で最も売れた車だった。

画像の出典:Paula Ham [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons

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MGメトロ6R4は、グループBラリーカーなのにV6・NAの「迷車」

画像の出典: scalextric.com

BLMCは1986年にローバー・グループと改称されたものの、経営不振が続き、新車の開発資金すら捻出できない有様でした。

そこでローバー・グループは、ホンダと高級車ローバー・800(中身はホンダ・レジェンド)を共同開発することを決定します。

これを皮切りにローバー・200(初代はホンダ・バラード、2代目はホンダ・コンチェルトがベース)、ローバー・400(初代はコンチェルト、2代目はシビックがベース)などが次々と登場します。200と400、そしてホンダ・コンチェルトは、ロングブリッジ工場で生産されていました。

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ホンダ・コンチェルト(MA2)

画像の出典:OSX (Own work) [Public domain], via Wikimedia Commons

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ローバー・216 GSi Auto

画像の出典:Charlie [CC BY 2.0], via Wikimedia Commons

10ポンドで売られる

1988年には民営化され、ブリティッシュ・エアロスペースに売却されたローバー・グループでしたが、1994年にはBMWに売却されてしまいました。この年にはホンダが保有株式を売却し、提携関係も消滅しています。

ところがBMWの株主たちは、ローバー・グループの高コスト体質を問題視。BMWの経営陣はそれを受け、2000年にローバーグループをMINIとローバーに分割。MINI部門だけを手元に残し、ローバー部門はたったの10ポンドで売り払ってしまいました。

ローバー部門はMGローバーという社名で再出発しますが、2005年には倒産に追い込まれます。MGは2011年に南京汽車の手で復活したものの、ロングブリッジ工場はついにその役割を終えることになったのです。

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最後まで読んでいただきありがとうございます。以下の関連記事もぜひご覧ください。

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