不正・不祥事 批評

不倫ベッキーとVWに共通する、一番やっちゃいけない謝罪のパターン

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ひとつの嘘がもうひとつの嘘を連れてくる

火事現場_消火活動中

ドイツでフォルクスワーゲン(以下、VW)の不正にまつわる新たな証言が出てきました。

VW幹部、排ガス不正問題で無効化装置の開発認識の可能性=独紙 - ロイター

今回の報道で重要なことは、内部告発者が自分の所属する部署以外の幹部に、不正を打ち明けていたという点です。しかし黙殺されたため、内部告発に踏み切ったといいます。

なぜ他部署の幹部までもが問題を無視したのでしょう? VWの新CEOマティアス・ミューラー氏は、昨年12月に「組織的関与は無かった」と会見で述べていますが、「少人数のグループが勝手にやった」というVW側の主張は、これで崩れました。

独VW、不正再発防止策導入へ 取締役の関与は認められず - ロイター

また、南ドイツ新聞によると、不正デバイスの存在はエンジン開発部門における公然の秘密だったそうです。もし報道が事実ならば、組織的関与を裏付けるものになります。

VWとベッキーの類似性

日本ではセンテンススプリング(週間文春のこと)がすっぱ抜いたベッキーさんの、ゲスの極みな不倫騒動が話題です。

VWとベッキーさんの間には何の関係もありません(VWと、ベッキーさんがCMに出演していたスズキの間にはあるけど)が、不祥事発覚からの顛末は似ています。

両者に共通するのは「二重の裏切り」をしでかし、一般消費者からの怒りを招いたという点です。

トップ画像の出典: by Nestor Galina via Flickr

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目次
  1. 不祥事発覚、即座に対応
  2. 反省してないことを示す証拠が流出
  3. 「偽装謝罪」は「二重の裏切り」になる
  4. まだ隠してんだろ?
  5. 嘘をつくのはやめた方がいい、あなた自身のためにも

不祥事発覚、即座に対応

VWもベッキーさんも、初期対応だけは迅速にこなしました。

VWの前CEO・ヴィンターコルン氏は、不正デバイスの使用が報道された5日後に辞任していますし、ベッキーさんも週刊文春の報道があった直後に会見を開いて対応しています。

世の中には心優しい人が多いですし、反省の意を示している人をさらに叩くのは気が引けるという人も多いですから、VWやベッキーさんを擁護する声が数多く出てくるのは必然でした。

VWは潔い。それに比べて日本は……」「排ガス不正で死人は出ていない」「ベッキーはいい子」「むしろ川谷の妻が謝れ」……等々、心優しい方々の慈愛に満ちたお声が天下に響き渡ったのです。

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反省してないことを示す証拠が流出

ところが擁護の声をあざ笑うかのように、不祥事を起こした当人が反省してないことを示す証拠が流出し、擁護は一転して批判に変わりました。

VWの場合

VWの場合は、2013年から米環境保護局の調査を受けていたにも関わらず、1年以上も不正デバイスの存在を隠していたことが謝罪後に発覚潔い謝罪どころか、言い逃れできなくなった挙句の謝罪だったことがバレ、消費者に見放されました。

しかも組織的関与を否定しておきながら、今回の報道です。VWの病根は根深いと言わざるを得ません。

ベッキーの場合

ベッキーさんの場合は、週刊文春が掲載した「会見前日のLINE画像」に無反省なやり取りが記されており、消費者から批判が殺到しました。最初の会見後はCM継続を匂わせていた企業からも契約解除が相次ぎ、彼女の味方は潮が引くように離れていったのです。

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「偽装謝罪」は「二重の裏切り」になる

「謝罪」は上手くやらないと相手の怒りを招くだけでなく、新たな対立の発起点となり、「謝罪」の事実自体が無意味になってしまいます。

VWとベッキーさんに共通するのは、「偽装謝罪」をしてしまったということに尽きます。

じゃあ誠心誠意謝れば良いかというと、そういうわけでもないのです。他人の心の中なんてわからないのに、「誠心誠意の謝罪」をするのも求めるのも建設的ではありません。そんなものを求めてくるのは、他人にマウンティングしたい連中だけでしょう。

不祥事が発覚したときにまず求められる謝罪とは、いわば「情報開示請求」です。なので社会規範に違反したことを詫び、真実を明らかにすればよいのです。

ところが追い詰められた人々は「謝罪すると全てを失う」と考えてしまいます。報道内容や金銭収入といったフローにばかり目が行き、自分が築き上げてきた「信用」というストックの存在を忘れてしまっているためです

フローの内容を改善するために「偽装謝罪」をしてしまうと、擁護してくれていた人々まで裏切ることになります。

また、不祥事発覚当初から批判していた人々からすれば、「偽装謝罪の発覚」によって自説の正しさが証明されたわけですから、さらに勢いづくのは当然です。

裏切りを重ねれば怒りを買うのは当たり前

そもそも不祥事に対し無関係な人々が怒りをあらわにするのは、「不祥事は社会規範に対する裏切り行為」だからなのです。

それに対し「偽装謝罪」すれば、「二重の裏切り」となるわけですから、最初の謝罪が無意味化するのは道理です。

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まだ隠してんだろ?

偽装謝罪をしたことがバレると、当初は擁護してくれていた人たちまで批判者に変わり、真実の追求を阻むものが無くなります。

また、不祥事を起こした当人は、「信用」というストックを失い、何を言っても信じてもらえないという状況に陥ります。

この状況になってからいくら弁解しようとムダですし、真実を全て打ち明けたところで「まだ隠してんだろ?」と疑われ、有る事無い事言いふらされるのがオチです。

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嘘をつくのはやめた方がいい、あなた自身のためにも

多少の悪さをしても、素直で正直なら許されます。信用というストックは減らないからです。妙に人気のある不良少年がいたりするのは、悪さするけど信用はされているからに他なりません。※1

ところが嘘をつくと、信用というストックが毀損します。そうなると謝罪や弁解は効果を発揮しません。

たとえ不祥事を起こさなくても、嘘をつくほど、失敗に不寛容な状況を自分自身で作り出してしまいます。だから嘘をつくのはやめた方が身のためです。

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※1 社会においては被害者が加害者を裁くわけではないので、被害者に対しては加害者の信用がゼロであっても、量刑を判断する者(裁判員や世論)に対して加害者側の信用さえあれば、罪は減じられる。量刑を判断する者にとって、被害者は所詮他人だからだ。子供の罪をかばう親というのも同じ構図である。

最後まで読んでいただきありがとうございます。以下の記事もぜひご覧ください。

また出た! VW擁護のジャーナリスト!

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Category: 不正・不祥事, 批評
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