TPPから政治家という生き物の習性について学ぶ

テクノロジー・業界分析,批評

自動車輸出積み出し港

誰もが負けたとアピールする理由

ヒラリー・クリントン氏が反TPPの姿勢を強めています。自動車部品メーカーが数多く立地するオハイオ州の集会においてクリントン氏は、「私たちの市場につけいるような決定には、どのようなことでもこれ以上の慈悲をかけることはできない」と、一切妥協しない考えを示しました。

民主党のもう1人の有力候補である社会主義者のバーニー・サンダース氏もTPPに反対していますし、共和党のドナルド・トランプ氏は言わずもがなです。

トップ画像の出典: car.watch.impress.co.jp


目次

  1. TPPが日本の自動車業界に与える影響
  2. 日本とアメリカ、どちらが不利なのか?
  3. 人の弱みにつけいる日米の政治家たち

TPPが日本の自動車業界に与える影響

反TPPポルノ

TPPに関する本は、どれもこれも農業分野のものばかりです。農協が金ばらまいて書かせているのではないかと思わず疑いたくなるほどに、自動車業界への影響を説明した本は影も形もありません。

陰謀論じみた本も非常に多く、「日本亡国」だの「TPPで日本が壊れる」だのと、ことさら愛国心を煽るタイトルが目につきます。

どの本にも共通するのは「日本が一方的に損させられる」という被害者意識です

しかし冒頭で書いたように、アメリカでは共和党も民主党も反TPPに傾きつつあります。アメリカが一方的に得するはずのTPPに、なぜ大統領候補たちはこぞって反対しているのでしょうか?

TPPの中身

反TPP本ではラチェット条項や非関税障壁が問題だとされていますが、これらは片面的に適用されるものではありませんから、日本に不利だとは一概には言い切れません。

よってTPPで不公平が発生するとすれば、関税撤廃の内容に限定されるはずです。

自動車関連の関税については、アメリカ側が2.5%の関税を25年かけて撤廃するという報道(大半はアメリカに負けたという批判)が多く見受けられます。

しかしこの報道内容は不正確です。正しくは「アメリカ側が自動車本体の関税2.5%を25年かけて撤廃する」というものであり、大半の自動車部品の関税は即時撤廃されます

日本からアメリカへの自動車部品の輸出に対し、現在は2〜4%程度の関税が課せられています。アメリカへの自動車部品の輸出額は年間2兆円程度なので、500億円前後の浮く計算だそうです※1。その分アメリカで日系自動車部品の競争力が高まりますから、輸出額の増加も期待できます。

※1 日経BIZアカデミー 【Web講座】小宮一慶の「スイスイわかる経済!“数字力”トレーニング」 2015/10/13

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日本とアメリカ、どちらが不利なのか?

クリントン氏は「自動車部品の関税が即時撤廃されることで、アメリカ人の雇用が奪われる」と主張しています。

しかし日本の民主党議員・玉木雄一郎氏は、「自動車本体への米国の関税撤廃に25年もかかるならメリットがない」と述べた上で、次のような問題点も指摘しています。

さらに、日本車の輸出にマイナスの影響さえ生じさせかねない合意がなされている。いわゆる原産地規制(ROO、Rule of Origin)である。

関税ゼロの適用を受けるためには、TPP域内国で生産された部品の比率がある一定以上なければならないとのルールがROOであるが、この域内生産比率について55%とすることが決まった。

しかし、現在の日本車のTPP域内生産比率は約40%程度と言われているため、今のままでは日本車はそのメリットを全く受けられない。基準を満たすためには、TPPに入っていない中国や韓国の部品ではなく、アメリカやメキシコの部品に振り替えなくてはならない可能性もある。

本来、日本が最大のメリットを得なければならない自動車の輸出について、むしろ不利になるなら一体なんのためのTPPなのか。

出典: たまき雄一郎ブログ | TPP「大筋合意」〜日本は攻めるべきところで、なぜそんなに負けるのか?

クリントン氏と玉木氏は、どちらも「自分たちの負けだ!」と主張しています。さて、どちらの意見が正しいのでしょうか?

域内生産比率で勝ったのは誰だ?

TPPは秘密交渉なので正確な数字はわかりませんが、当初日本側が要求していた域内生産比率は、32.5〜40%という低い割合だったとされています。

一方、すでに北米貿易協定(NAFTA)に組み込まれているカナダとメキシコは、すでに62.5%という高比率で域内生産を行っているため、日本側の要求と対立してきました。※2

最終的に決定した55%という数字は、日本とメキシコ・カナダの双方が歩み寄って決まった数字であって、誰が勝ったというわけではありません。むしろみんな負けたというべきでしょう。

日本の方が譲歩してるように見えますが、カナダは自動車本体にかかる関税(6%)を5年で撤廃しますし、自動車部品にかかる関税(大半が6%)は全て即時撤廃です。メキシコも自動車本体にかかる関税(15〜30%)を即時撤廃するわけで、痛み分けと見るのが妥当でしょう。

じゃあアメリカが勝者かというと、自動車や部品の買い手は主にアメリカですから、やはり彼らも勝者とは言えないのです。

※2 IBTimes | TPP協定: トヨタは関税撤廃を享受、中国製の自動車部品を使用

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人の弱みにつけいる日米の政治家たち

かつて大本営は「勝った、勝った」と嘘の戦勝報告で国民を騙していましたが、最近は「負けた、負けた」と国民を騙すのが流行りなようです。

TPPのような多国間協定の場合は、各国が妥協に妥協を重ねた挙句の合意になるため、参加した国の誰もが「ウチが一番損してる……」と感じる合意案になりがちです。

日米の政治家や反TPPポルノの作者たちは、妥協した部分だけを大袈裟に取り上げることで、民衆を被害者意識に芽生えさせます。

そして「自分たちの利益を守ろう」「奪われたものを取り戻そう」と呼びかけ、共に戦うことを求めるのです。生活に不安を感じている有権者たちは、何かアクションを起こさなければと焦燥感にかられ、政治家の口車につい乗ってしまいます。

そして普段は寛容な人でも被害者意識があると防衛本能が働いて攻撃的になるので、過激な言説を好むようになるのです。攻撃的な平和主義者がその典型例でしょう。

ポピュリスト vs ポピュリスト

国務長官時代のクリントン氏は、TPP賛成派でした。その氏が反TPPに転じたのは、サンダース氏やトランプ氏に対抗するためでしょう。

現在のクリントン氏は、イスラム過激派掃討のためにイラクへと地上軍を派遣することに反対していますが、国務長官時代は対外強硬派で、リビア介入やシリア反政府勢力への支援を後押ししてきた人物です。※3

人気取りのために変節を繰り返すクリントン氏は、トランプ氏に勝るとも劣らないポピュリストだと思います。彼女が日本をやり玉に上げるのも、愛国アピールするためのスケープゴートとして丁度いいからに違いありません。日本側はろくに反論しないですからね。

※3 ニューズウィーク日本版 | ヒラリーはイラクから何も学んでいない

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