トヨタはなぜル・マン24時間レースで勝てないのか
“I have no power !" ゴールまで残り3分というところで、中嶋一貴の悲痛な叫びが無線に飛び込んできました。トヨタTS050はリミッターが効いたような状態になり、200km/h以上に速度が上がりません。
TS050はなんとかホームストレートにまで戻ってきましたが、結局フィニッシュラインを超えたところで力尽きてしまい、#2 ポルシェ919ハイブリッドにトップの座を明け渡してしまいました。
1985年から続くトヨタのル・マン挑戦は、またしても敗北に終わったのです。なぜトヨタは勝てないのでしょうか?
トップ画像の出典: toyotagazooracing.com
2017年も、トヨタはル・マンで勝てませんでした。それを受けて書いた記事がこちらです。
目次
トヨタの敗北は悲劇ではない
今回のトヨタを敗北を「悲劇」だとか「ル・マンの呪い」だとかと、ツイッター上でつぶやいているユーザーがいます。しかしレースにおいては最終盤にトラブルが起こることなど、別に珍しくありません。走行距離を重ねたゴール直前こそ、マシントラブルの発生確率がもっとも高くなるのです。
「勝利まであとわずか」でのリタイア事例
つい先日のSUPER GT 富士500kmでも、トップ走行中のカルソニックインパルGT-Rが、残りわずかのところでタイヤバーストを起こし、リタイアに追い込まれました。
F1では、91年カナダGPのナイジェル・マンセル(ウィリアムズ・ルノー)や、97年ハンガリーGPのデイモン・ヒル(アロウズ・ヤマハ)、01年スペインGPのミカ・ハッキネン(マクラーレン・メルセデス)など、ファイナルラップで勝利を逃した事例も多いです。
インディカーでは、2011年インディ500の「ミスター・ターン4」が有名ですね。J.R.ヒルデブランドがファイナルラップの最終ターンでウォールに接触し、残り200ヤード(約183メートル)でダン・ウェルドンが逆転優勝しました。
トラブルが無くても、残りわずかで首位が入れ替わることも多いです。SUPER GTでは2010年のSUGOや2012年の岡山、2015年の富士300kmなど。インディカーでは2006年のインディ500が典型例ですね。F1では2011年カナダGPのジェンソン・バトンでしょうか。
トップを走るドライバーが最終盤で逆転を許してしまうのは、レーシングスピードで長距離を走り、体力と精神力が限界を超えてしまった結果なのだと思います。人もマシンと同様、ゴール直前が一番厳しい状態であることに変わりないのです。
「圧勝」が多いル・マン24時間レース
レースにおける最終盤のトラブルや逆転劇が珍しくない以上、これらのリスクをヘッジするには、1位と2位を独占しておく以外にありません。つまり1-2体制を築くしかないのです。
1-2体制ならば、2台のうちどちらかのマシンにトラブルが発生しても、もう1台が優勝の権利を引き継ぐことができます。ライバルチームに棚ボタ勝利を与えずに済むわけです。
でも1-2体制なんて簡単には作れないし、1-2フィニッシュとなればかなり難しいんじゃないの? と思われるかもしれません。しかしル・マン24時間レースの歴史においては、勝利の50%以上が1-2フィニッシュで占められています。2000年以降に限定すると、約67%が1-2フィニッシュです。
このことから導き出される結論は、ル・マンで勝つにはマシン性能とレースオペレーションの両面で、ライバルを圧倒する必要があるということです。マツダが勝ったときのように、ヘロヘロになった1台がライバルを振り切りなんとか勝利するというのは、かなり幸運なパターンと言えます。
崩れた1-2体制
今年のル・マンでも中盤から終盤にかけて、トヨタが1-2体制を築くシーンがありました。しかし20時間を経過したころ、#6トヨタが#2ポルシェに一時先行を許し、追撃した小林可夢偉がスピンを喫してしまい、1-2体制に戻すことが不可能になってしまったのです。
ただしこのスピンの責任を、可夢偉一人に負わせるのは酷だと思います。というのも、この時点では#2ポルシェはワンスティント13周でピットルーティーンをこなしており、ワンスティント14周のトヨタ勢よりもピットストップが1回多くなるのは確実な情勢でした。
つまり無理に追わずとも、やがてトヨタが1-2体制に戻るのは確実だったのです。にも関わらず可夢偉にプッシュさせたのはピット側です。(可夢偉にプッシュしろと無線を入れている)
また、#5と#6でトップ争いのバトルをさせるなど、トヨタピットのレースマネジメントに問題があったのは明らかです。それらが積み重なった結果として、1-2体制が崩壊したのでしょう。
なぜかベストを尽くさないトヨタ
ル・マン24時間レース 決勝のみどころという記事で、3台目を投入しないトヨタを批判しました。そして懸念の通りに1台はスピン、もう1台にはトラブルが発生し、ポルシェに優勝をかっ攫われてしまったのです。
信頼性に不安がある状況で、3台目を投入しなかったことは痛恨の極みだと思います。スパで#5トヨタに起こったエンジンの亀裂に関しては、オー・ルージュで発生する40Gもの縦Gが原因でしたから、「ル・マンでは起こらない」と言い切ることもできたでしょう。
しかしスパでは#6トヨタにも電気系のトラブルが発生していました。ル・マンでもスタート直後に#5トヨタのハイブリッドシステムにトラブルが発生し、序盤に大きく遅れた原因となっています。そして最終局面でTS050は息絶えてしまいました。
トヨタのル・マン挑戦は、常に何らかの問題を抱えている
トヨタがル・マンで優勝争いに絡むようになったのは92年以降ですが、いずれも盤石な状態での挑戦ではありませんでした。
91〜93年に使われたTS010は、手堅くまとまったマシンではあったものの、フロントラジエターを採用するなど、設計思想が古かったことは否めません。F1マシンにカウルをつけたようなプジョー・905の先進性と比べると、大人と子供ほどの差があったと言わざるをえないでしょう。
98年のTS020はスタート前からミッショントラブルが懸念されており、しかも性能を追求しすぎて整備性が悪い、ドライバーの視界が狭い、燃費も良くないなど、およそ耐久レースを戦う車としてはふさわしくない代物でした。
98年はミッショントラブルが頻発、99年はドライバーのミスによるクラッシュが立て続けに起き、結局生き残ったのは、両年とも日本人トリオ乗るマシンだけです。
2012年、TS030を引っさげてル・マンに復帰したトヨタでしたが、テスト中のクラッシュ等でマシン開発が遅れたために、なんとぶっつけ本番でル・マンに臨むことになります。経験不足が祟ったのか、2台ともクラッシュでレースを終えました。
2013年は信頼性こそ高かったものの、スピードでアウディに歯が立たず。2014年は"ドミネーター“TS040がスピードで他を圧倒したものの、ドライバーのミスとマシントラブルで、アウディに1-2を許してしまいます。そして2015年は、マシンが遅すぎて話になりませんでした。今年は言うまでもありません。
このようにトヨタのル・マン挑戦は速いマシンのときには乗りづらかったり信頼性が無かったりと問題があり、信頼性が十分なときにはマシンが遅いという、常に何らかの問題を抱えた状態で行われてきたのです。
「リーン」なやり方ではル・マンで勝てない
なぜトヨタがル・マンで常に何らかの問題を抱えているかと言えば、予算が潤沢ではないからです。2012年以降はF1で大盤振る舞いしすぎた反動からか、ポルシェやアウディの半分程度の予算で戦うことを強いられています。
この状況は90年代から変わっていません。90年にはトヨタが初めて入賞(リース/関谷/小河が6位)したにもかかわらず、翌91年には「WRCでチャンピオンを獲れそうだから」という理由で予算を奪われ、ル・マンに参戦できませんでした。
92年には最高位の2位(関谷/ラファネル/アチソン)を獲得しましたが、なぜか翌93年からはワークス参戦がなくなり、94年かぎりでトヨタはル・マンから姿を消してしまいます。ようやく復活したのは98年です。
トヨタはF1でもWRCでも、十分すぎるほどの予算を投じてきました。99年を最後にWRCから撤退するまで、トヨタ・チーム・ヨーロッパはラリー界で最大規模を誇るチームでしたし、F1では年500億円とも言われる予算を注ぎ込んでいたのです。しかしル・マンに関してだけは常に予算をケチってきました。
トヨタは耐久レースチームを、リーン生産方式で管理しようとしているのでしょうか? リーン生産方式は、MITがトヨタ生産方式を分析し一般化・体系化したものです。製造工程各所で発生するムダを排除し、贅肉のとれた=リーンな状態で生産を行うことを目的としています。
しかしレースで勝つには、強迫観念となるほどの完璧主義が必要です。それはすなわち「ムダと思えても、関連性がありそうならキッチリと準備しておく」姿勢です。ムダをひたすら排除するだけでは、経済的な車を作ることはできても、完璧な車は作れません。市販車として売るなら前者で十分でしょうが、レースで勝利するには後者が必要なのです。
JSPORTSにゲスト解説として出演していた井原慶子さんが、「体から脂肪を落とし過ぎると最後までもたない」という話をされていました。その話はトヨタのマシンにも当てはまるのではないでしょうか。
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