第100回インディ500決勝を振り返る
今年のインディ500はスタートからファイナルラップまでバトルが途切れず、退屈する暇などありませんでした。そしてレースの最後には、100回記念大会にふさわしい劇的な幕切れが待っていたのです。
目次
序盤 優勝候補がまさかの……
スタート直後はポールポジションスタートのジェームズ・ヒンチクリフ(シュミット・ピーターソン・モータースポーツ)とライアン・ハンターレイ(アンドレッティ・オートスポート)が、頻繁にリードチェンジを繰り返す展開となりました。
1位の車が2位とのギャップを築けず、スリップを使われて抜き返され、またそれを抜き返すという流れは、結局最後まで続くことになります。
3位には普段インディカー中継の解説者をしているタウンゼント・ベル(アンドレッティ・オートスポート)がつけ、序盤はホンダ勢が上位を独占。しかし12番手スタートの佐藤琢磨(A.J.フォイト・レーシング)はペースが上がらず、徐々に順位を落としてしまいます。
最初の犠牲者
ピットウインドウは30〜33周でしたが、そのタイミングでフルコースイエローは出ず、最初のピットはアンダーグリーンで行われることになりました。
このピットストップでトラブルに見舞われたのは、トップ争いを繰り広げていたヒンチクリフでした。給油口のフタが開かず、タイムロスしてしまったのです。
その間隙を突きトップの座を奪ったのは、スポット参戦のベル。リスタート後は積極的にトップを窺い、ハンターレイと抜きつ抜かれつのバトルを展開。そのまま2回目のピットウインドウになだれ込んでいきます。
中盤① 相次ぐアクシデント
その2回目のピットストップでは、ウィル・パワー(ペンスキー)とトニー・カナーン(チップ・ガナッシ)がピットレーンで接触するアクシデントが発生。パワーはドライブスルーペナルティを課せられ後退してしまいます。
常勝チームの崩壊
リスタート後、失意のペンスキー勢に、追い打ちをかけるような事態が発生します。昨年のインディ500ウィナーであるファン・パブロ・モントーヤ(ペンスキー)が、単独スピンからノーズをウォールにヒット。リタイアしてしまったのです。
しかもそのイエローコーション中のピットレーンで、シモン・パジェノー(ペンスキー)が、ミハエル・アレシン(シュミット・ピーターソン・モータースポーツ)と接触。パジェノーにペナルティが下されてしまいました。
残された希望
ペンスキー勢の中で唯一ノントラブルのエリオ・カストロネベス(ペンスキー)は、リスタート後に怒涛の追い上げを見せ、ヒンチクリフ、ハンターレイ、ベル、ジョセフ・ニューガーデン(エド・カーペンター・レーシング)らと丁々発止のバトルを展開、リードラップを奪うなどひとり気を吐きます。
先頭集団の背後には、23番手スタートだったセージ・カラム(DFR-キングダム・レーシング)が順位を上げてきていましたが、ベルとのバトル中に痛恨のミス。ウォールにハードクラッシュし戦列を去ります。
ホンダ勢に暗雲
イエローコーション中に全車ピットインを済ませ、105周目にレース再開。しかしピットウインドウは30〜33周ですから、ここから2回ピットストップしても燃料が足りません。
ここで躍進したのはシボレー勢でした。リスタート直後のターン1で、カナーンとニューガーデンがアウト側からエリオをオーバーテイク。カナーンはトップ追撃の体制を整えると、バックストレッチでハンターレイをパスし、この日初めてのリードラップを記録します。
しかしハンターレイはすぐに首位の座を奪還。その後は目まぐるしくリーダーが変わる展開となります。中でもエリオ、カナーン、ベルの「41歳トリオ」の走りはすさまじく、年齢を感じさせない好バトルを披露してくれました。
その勝負に水を差したのは、またしてもアクシデントでした。114周目にアレシンがスピン、それに驚いたのか、アレシンの後方にいたコナー・デイリー(デイル・コイン・レーシング)もスピン。コントロールを失った両者は接触してしまい、リタイアを余儀なくされました。
波乱は続きます。なんとトップ争いをしていたハンターレイとベルが、ピットレーンで接触してしまったのです。
これでハンターレイは大幅に遅れ、ベルにはストップ&ゴーペナルティが課せられてしまいました。
1-2位はピットに入らずステイアウトしたアレックス・タグリアーニ(アンドレッティ・オートスポート)とアレキサンダー・ロッシ(アンドレッティ・オートスポート)とホンダ勢が占めていましたが、絶好調だったハンターレイとベルが潰し合ってしまったのは、ホンダおよびアンドレッティにとって誤算だったでしょう。
中盤② 佐藤琢磨の快刀乱麻
122周目にレースが再開された後も、ルーキーのロッシがリードラップを記録するなど、ステイアウト組の2台は上位に踏みとどまります。とくにロッシは225マイルのレースファステストを叩き出す快走を見せました。
同様の快走を見せたのが、佐藤琢磨です。この日はリスタートの度に順位を落とす苦しい展開だった琢磨ですが、ここに来て本領を発揮。シングルポジションにまで順位を上げてきた琢磨は、132周目にスコット・ディクソン(チップ・ガナッシ)を抜き8位に躍り出ます。
しかも琢磨はこの周に224マイルを記録したため、前方集団との差はみるみるうちに詰まっていきました。
ロッシの幸運、琢磨の不運
ステイアウト組はついに我慢できなくなり、アンダーグリーンでのピットを強いられてしまいます。139周目にロッシはピットインし、21位まで後退してしまいました。
一方、琢磨は抜き返されたディクソンを再びオーバーテイクし、149周目のターン1では3ワイドバトルを中央から制して5位に浮上。観客を沸かせます。
150周目にリーダーのエリオと2位カナーンがピットイン。イエローコーションが出たとき、彼らはまだピット作業中でした。
コーションの原因を作ったのは、トラブルでピットスタートだったバディ・ラジアー(ラジアー・パートナーズ・レーシング)です。彼の左フロントタイヤはナットがきちんと締まっておらず、コースへの合流直前でタイヤが脱落。マシンをコースサイドに止めざるを得なかったのです。
ラジアーのトラブル以前にピットを済ませていなかった琢磨は、このイエローコーションで大きく割りを食ってしまいました。イエロー直前には2位まで順位を上げていた琢磨ですが、ピット後の順位は10番手。しかも鬼門のリスタートにまたしても失敗し、13位まで転落してしまいます。
琢磨とは対照的に、ロッシはこのイエローで20位から8位にジャンプアップしていました。139周目にピットを済ませていたロッシはステイアウトを選択し、順位を大幅に回復したのです。
終盤 アメリカン・ドリーム
エリオ-カナーン-ニューガーデン-ヒンチクリフのオーダーで、159周目にリスタートが切られました。残りの周回数からすると、あと1回は給油が必要です。
リスタート直後のターン1では、4ワイドバトルでエリオがひとり負けを喫してしまい、あっという間に首位から4位に落ちてしまいました。
この4台が数周に渡りトップ争いを展開するうちに、後続のJ.R.ヒルデブラント(エド・カーペンター・レーシング)が先頭集団に追いつき、4位エリオにプレッシャーをかけ始めます。
相次ぐ脱落者
ところが162周目にヒルデブラントはエリオに追突。エリオのマシンはリアタイヤガードを破損し、4度目のインディ500制覇の夢もここで潰えました。
しかしペースダウンしたとはいえ、エリオはレーシングスピードで走行を続けていたため、イエローコーションとはなりませんでした。
ところが163周目に佐藤琢磨がターン4の立ち上がりでアンダーステアを出し、ウォールに激突。日本人初のインディ500制覇の夢も露と消えてしまいました。このクラッシュでようやくイエローが出されます。
165周目にピットオープンとなり、上位陣はヒルデブラントとタグリアーニ以外全車ピットインしました。ピットアウト後のオーダーは、ヒルデブラント-タグリアーニ-ヒンチクリフ-カナーン-ディクソン-ニューガーデン-ムニョス-パワー-ロッシの順です。
167周目にリスタートされると、ステイアウト組の2台は次々とパスされていき、カナーンがリーダーに返り咲きました。また、6位のディクソン以下はペースを抑え、燃費走行に徹しています。コーションラップとはいえ2周していますから、33周を全開走行するには燃料が足りないのです。
イエローの出たタイミングがもう2〜3周遅ければ、燃費レースにはならなかったと思います。
うさぎと亀
残り20周を切った辺りから、カナーンとニューガーデンのトップ争いが熱を帯び始めます。抜きつ抜かれつを繰り返していた両者ですが、186周目にカナーンがバックマーカーに詰まった隙を突き、カルロス・ムニョス(アンドレッティ・オートスポート)がカナーンをパス。ホンダ勢の1台がトップ争いに食い込みます。
後方集団は燃費走行する車が多く、とくに18位のパジェノーなどは、トップより10マイル以上も遅いスピードで走行していました。給油する連中を尻目に無給油でフィニッシュし、大逆転する作戦に賭けているのです。
しかし191周目にディクソン、192周目にカナーン、195周目にニューガーデンとパジェノー、196周目にムニョス、197周目にエリオ、198周目にセバスチャン・ブルデー(KVレーシング)が、結局アンダーグリーンでのピットインを強いられてしまいます。
これでステイアウトしたロッシがトップに立ちましたが、燃費走行していたはずのディクソンやパジェノーまでもがピットインしたことで、ロッシの燃料も足りないと見られていました。
ピットストップ時に給油だけでなくタイヤ交換までしたカナーンは遅れ、ムニョスは2位のポジションを確固たるものにします。そして燃料の不安が無くなったムニョスは、ロッシ追撃に取り掛かったのです。
2台の差はみるみるうちに縮まっていきましたが、それでもロッシには半周以上のギャップが残っていました。そしてムニョスには、たった1周しか残されていませんでした。
ロッシはファイナルラップにガス欠症状でスロー走行になりながらも、追いすがるムニョスを振り切り、誰よりも先に500マイルのチェッカーを受けました。
彼が36周を無給油で走りきれたのは、ハンターレイがスリップで引っ張ってくれたのが大きいと言います。ロッシの勝利は、アンドレッティ・オートスポートの総力を挙げたものだったのです。
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